癌と共に~フーテンのパパちゃん~

大好きな父が癌になりました。クジラを見に行く日を夢見て。

胃がん~新年の集いと強制帰還~

1年で1番忙しいお正月

 

カウントダウンとか

初売りとか

夢のまた夢

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-2019年正月-

最高に色々あった1年が過ぎ

無事家族そろって迎えるお正月は

何より嬉しい

 

ひとまず3日は休みだ・・・

 

最初はおせちもすべて手作りで用意していたが

もともと家にいないので食べることもないため

作るのをやめた。

 

朝から雑煮と簡単な料理で家族だけでご挨拶。

 

そしてゆっくりする間もなく

主人実家への年始の挨拶。

 

嫁に来た当時は、ここから3日間は休みがまったくなかった。

元旦 主人の実家への挨拶、新年会

2日 義父 本家への挨拶、お墓詣り、新年会

3日 義母 実家への挨拶、お墓詣り、新年会

 

どこをどう見ても私の実家へ行く時間が見つからず。

仕方ないと、ずっと諦めていた。

 

だがここ数年親戚が高齢化し、新年会をしない方向へ変わってきた。

それはそうだろう。

みんなそれぞれ家族があり、孫たちとゆっくり過ごしたいはず。

 

ようやく私も、自分の家族との時間が

持てるようになりつつあった。

 

 

パパちゃんが来てから。

何かとガマンをさせることが多く

本当に申し訳なかった。

 

嫁の私は仕方がないとしても

その親にまでこんなに色々なことを強いるのかと

驚きもし、また理解もできなかった。

 

元旦早々、またもや義実家での新年会がある。

 

行ったところで私もパパちゃんも居場所がなく

ただ黙って数時間を過ごさねばならない。

 

 

パパちゃんが来て初めてのお正月の時

 

前日の大晦日に義実家へ挨拶をした帰り、

主人に、パパちゃんだけでも

姉達へ会いに行かせてあげてもいいか、聞いた。

 

あっさりOK。

 

良かった・・・・

 

姉妹家族みんなで会う機会も少ない。

お正月くらいは、ゆっくり過ごさせてあげたかった。

 

次女にパパちゃんだけ迎えに来てもらい、

送り出してから、私達だけ義実家へ向かった。

 

 

ところが

「おい、じいさんはどうした」

義父から聞かれ、姉達の家に行ったことを話すと

「こっちに来るのがあたりまえだろ。

今すぐ連れ戻せ」

 

信じられないことを言われた。

 

義母も怒っている。

「家族だからお正月は私たちと過ごすべき」

 

必死でお願いしたが、聞く耳持たず。

 

主人は知らん顔。

 

怒りと悔しさと悲しさで体が震える。

 

泣きながら父に電話した。

 

父はもちろん、姉達も憤慨した。

 

でも私の立場を思いやってくれ

父はすぐに戻ってきてくれた。

 

無表情のまま新年の挨拶。

「お義父さんもいなくちゃね、だめでしょ」

と猫なで声で言う義母。

 

そして始まる新年会。

私と父だけ無視される

会話のない、長い長い時間。

 

 

本当に申し訳なかった。

温厚なパパちゃんが、静かに怒っていた。

 

姉達と過ごすのがなぜいけないのだろう。

無理やり呼びつけたところで

まったく会話もせず

ただ形式上「一緒に居るだけ」

 

そして親戚には

「毎回お義父さんも呼んであげている」

とわざわざ言ってまわり、

自分たちのいい人アピールは怠らない。

挙句「良くしてもらって、感謝しなくちゃね」と言われる

 

 

何が家族だ

ふざけんな

 

どっちにもいい顔するか

我関せずで知らん顔をする主人にも

ガマンならなかったが

こんなところへ嫁いだ自分を恨んだ

 

パパちゃんはこれ以降

義実家に完全に心を閉ざしてしまった。

 

 

そしてそれから

お盆とお正月

私のためにガマンをして

義実家へ行くこととなった

 

今年もそれは変わらず

義務として参加していた

 

 

ごめんね

ぱぱちゃん

本当にごめん

 

 

私の中でも

片付けきれない気持ちが

鉛のように

心の中に少しづつ

たまっていった