癌と共に~フーテンのパパちゃん~

大好きな父が癌になりました。クジラを見に行く日を夢見て🌈

胃がん~暗雲と後悔~

 

1度言ったことを、忘れてしまう

 

あったはずの出来事を、覚えていない

 

そんなもんだと

分かっているのに

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-20020年 3月11日-

パパちゃんの腫瘍内科の定期受診。

 

今回は私も仕事でちょうど会議が入り

また姉も自分の健康診断のため行けず

パパちゃん一人で行ってもらった。

 

帰ってからも

「うん、なんもなかった」という言葉を鵜呑みにし

血液検査の結果を

確認することもしていなかった。

 

1週間後。

パパちゃんから入電。

 

「今日、病院に行くのを忘れてた!!!」

 

ん?定期受診はまだ先では?

 

「この間の時、あんまり検査結果が良くないから、

1週間後に家族と来てください、て言われてた」

 

 

おいおいおいおい-( ゚Д゚)

 

 

「大丈夫」言うたやん

良くないて何

 

「どうしてそんな大事な事、

すぐに言わんの!」

 

しかも聞く話の内容が支離滅裂で

全く意味が分からない。

 

思わずイラついた私は

パパちゃんを怒ってしまった。

 

「うん、忘れ取った・・・」

 

しょぼんとした声で、パパちゃんが言う。

 

どうしてあんなにきつい態度を

とってしまったのだろう。

 

すぐに予約を取り直さないといけない。

でもその時は仕事が立て込んでいて、

電話する時間もないため

急きょ長女にお願いした。

 

でもどうしてそんな大事な事、忘れていたんだろう。

 

しかも病院側には、何かあれば

私に直接連絡をくれるよう、お願いしてあった。

 

もちろんパパちゃん一人で行かせたのも、

こちらの不手際だ。

 

でも循環器科の先生は

都度、直接電話をくれていた。

治療の内容や状態、今後の見通しや

入院時は部屋の移動まで。

 

まぁでもあの先生なら、仕方がないのだろうか。

 

腫瘍内科担当の先生は、とにかく面倒くさがり屋。

治療内容についての相談にも、露骨に嫌な顔をする。

 

だが現状、家族同伴というのは、いい状況ではない。

 

しかも「なるだけ早く」とも言われたらしい。

 

だったら尚の事、直接連絡くれても

良さそうなものだが。

 

 

色んな不安が頭をめぐる。

 

治療ができなくなっているのではないか。

 

そうなった場合は、どうなる・・・

 

 

先生との話の内容が

パパちゃんからは正確にヒアリングできない挙句、

翌日仕事に行く直前に

「今日は病院なのに、どうなってるのか」と

訳の分からないことを言われ

またまたぶっちーんとキレてしまった。

 

姉が再予約してくれた翌週の病院で

再確認するしかなく

 

パパちゃんへのイライラと

不安でピリピリしている自分が

一番いやだった。

 

 

母の郷へ行く 続編~トトロもびっくり~

便利すぎる世の中に慣れてしまった

 

たまにはゆっくり、のんびり

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追想

数十年ぶりに、

他界した母の実家と、コンタクトを取ることができた。

www.hikaru-ko.xyz

 音信不通だったのにも関わらず

突然の訪問を喜んでくれた叔母と従兄。

 

「今度はみんなでおいで!」と

温かい言葉をかけてもらった。

 

その言葉に甘え、

叔母さんが元気なうちにと

子ども達を連れ再訪問することになった。

 

母の生家になるため

既に離婚していたパパちゃんは

「俺が行くわけにはいかんから」と

行くのを拒否していた。

まぁ、ワカランでもない。

 

でも

叔母さんも従兄も

父の事はすごく心配してくれていた。

元気なうちに会いたいから

絶対一緒に連れておいで!と

 

有難い限りである。

 

それもパパちゃんの人柄なんだろうな。

 

色々あって別れたものの

母も元来気性が荒く、

なかなか厄介だったのも皆知っている。

 

そんな母と結婚した父の苦労も

分かっているから

誰もパパちゃんの事を

悪く思う人はいなかった。

 

最後はとうとうおれて、

一緒に行くことになった。

 

なんせ行くまでに半日近くかかる。

今度は泊ってゆっくりしていけ!という

従兄の提案に甘え、1泊で行くことに。

 

 

さて、ここで問題が。

 

母の生家は、とてつもない山の中。

村の97%を森林が占める、

日本でも有数の秘境だ。

舗装されたとはいえ、極狭の山道。

家に上がるときは急斜面。

そして昔ながらのおうちのため

ウォシュレットだの、朝からシャワーなどは出来ない。

 

・・・主人は無理だ・・・

 

不機嫌になるのが目に見えている。

 

置いていくのが無難だ。

 

またみんなが1泊で行ける日を計画したときに

ちょうど主人は仕事だった。

 

よっしゃ(・∀・)♪

 

主人も最初は一緒に行けず、むくれていたが

「道が狭い」「山道」「朝シャンできない」と聞くと

「あ、じゃあ俺いいや」とあっさり納得した。

 

一方、子ども達は初めて行くところ

しかもお泊り☆にはしゃいでいた。

 

当日。

お天気にも恵まれ

次女のファミリーカーに全員乗り込み出発。

 

途中物産館に寄ったり

紅葉の時期には観光スポットとして

有名なダムを見たりしながら

ドライブを楽しんだ。

 

さすがある程度パパちゃんが道を覚えていて

今度はナビも使わず行けた。

(そしてやっぱり山道に入ってから

私の携帯は圏外になった)

 

ひたすら続く山道に

もともと乗り物に酔いやすい次男。

薬も飲ませていたが、結構きつそう。

 

ようやく到着。

見渡す限り、山・山・山の大自然のど真ん中。

 

トトロもびっくり

おそらく猫バスも来れない(笑)

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この地域は、台風常襲地帯のため

《直屋(すごや)》といわれる

真っすぐな屋根型の家屋が特徴だ。

 

まず玄関入ってすぐに土間がある。

そして山間部の傾斜地に住居を構えるため

山側は板壁で棚・床・仏壇を配する

閉鎖的な造りになっている。

 

また神楽伝承のため、

一つ一つの造りが広い部屋が並ぶ

並列型と呼ばれる家屋になっている。

神事の際、楽屋・舞台・客席として

機能するという。

 

普段は管理も大変なため、雨戸も締め切っておられるそうだが

今日は私たちが来るのを知っていて

全面開放してくれていたようだ。

(写真は翌朝の様子)

 

そして母の生家は

地元でも代々続く大きな旧家。

 

家は【有形文化財】に指定されているそうな。

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すごい事だが、とても大変💦

なんせ勝手にリフォームとか出来ないらしい。

 

なので高齢者が住むのには、

いささか不便な気もする。

 

でも、長年暮らしてきた方たちにしてみれば

便利さに合わせる生活よりも

昔ながらの生活に合わせる生き方の方が

いいのだろう。

 

 

だが部屋にコンセントがないのには

ちょっと困ってしまった(;・∀・)

 

私が小さい頃は牛小屋もあった。

山の水がそれはそれは冷たくて

飲み物や果物は、もっぱら水で冷やしていた。

 

 

ひとしきりみんなで挨拶を済ませ

ご先祖様へご挨拶。

 

パパちゃんとも昔話に花が咲く。

 

従兄もパパちゃんと同じ

心筋梗塞を起こしたことがあるらしい。

 

ここは救急車も来れないため

麓の病院まで乗せて行ってもらったらしい。

 

・・・大変だ・・・

 

コンビニももちろんない。

通学ができないため中学校から寮生活。

 

今の子ども達には考えられない生活だ。

 

しばらくして、川遊びに出かけた。

 

だいぶ水位が低くなったように、感じた。

 

もう少し以前はあったような。

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夜もクーラー要らずの涼しさだったが

私が子供の時は、寒くて寒くて布団をきていた。

 

これも温暖化の影響なのだろうか。

 

長い年月、なんだかんだあったようで

従兄も離婚して独り身になっていた。

 

まぁみんな色々あるよね。

 

夜はみんなでバーベキュー。

皆でお腹いっぱいになるまで食べた。

 

途中ふらっとワンコがやってきた。

えらくスレンダー。

でもとてもおりこうさん。

 

なんと猟犬らしい。

カッコイイ!

 

ここではイノシシや鹿といった

いわゆるジビエ料理が昔から普通に行われている。

 

母も鶏なんかは普通に捌いていたと

姉達に聞いた( ゚Д゚)

 

叔母はリューマチにかかり、指がかなり変形していた。

 

痛かっただろう。

 

腰もここいらでは見ないほど

大きく曲がっている。

 

それでもニコニコと穏やかな笑顔の中に

やはり母の面影が、重なる。

 

翌日別れの際、

縁側にならび、記念写真を撮った。

 

みんな、とってもいい顔をしていた。

 

叔母の手を取り

また来ます、元気でいてくださいと

言いながらぎゅっとハグをした。

 

長生きしてほしい。

母の分まで

叔父さんの分まで

 

故郷があるのは素晴らしいと

思えた家族旅行だった。

 

子ども達を

パパちゃんを連れてこれて

本当に良かった。

 

 

 豆腐も絶品☆盛田屋さん

美味しい出汁は料理に欠かせません~

食べ比べもしてみたい♪ 

ドライブ中の出来事~ラジオとノイズ~

夏の終わりにもう一つだけ

お付き合いください 

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追想

 

これも数年前の出来事です。

 

まだパパちゃんが元気だった頃。

 

その年のお盆は

私の夏休み休暇が長くとれたこともあり

姉たち家族とみんなで

キャンプ場へ行くことにしました。

 

釣りならば海が良いのですが

母から「お盆は引っ張られるから

決して海に入ってはいけない」と

さいころから言われていたので

今回は川の近くでのキャンプ。

 

お値段も、距離もよさそうな所が見つかり

早速予約をいれたものの

やはり下見をしておいた方がいいかな、と。

 

コテージと、山小屋風ログハウスとあり

調理器具や部屋の広さ等見ておきたかったのと

道路状況の確認が必要だったので。

 

主人は車いじりが好きで、車高を下げている。

道路がデコボコしてようものなら、

間違いなく怒り出す。

 

そして

街中は「駐車場が狭いからダメ」

山は「道が悪いからダメ」

海は「潮風でさびるからダメ」

 

・・・なんのためのファミリーカーだよ・・・

 

おまけにアウトドアが苦手。

ウォシュレットとシャワーがないと

これまた機嫌が一気に悪くなる。

 

できる事なら連れて行きたくないのだが

そう言うわけにもいかない。

 

パパちゃんもそこらへんが分かっているので

「一度見ておいた方が、いいね」ということで

 

キャンプの2週間前、

私の軽自動車でパパちゃんと下見に出かけた。

 

とりあえず私が運転して、携帯のカーナビをオン。

(車にカーナビついてないもん)

 

途中は道に詳しいパパちゃんの案内で

スイスイと順調に行ったが

途中山間に入ってからは、さすがにカーナビが頼りだった。

 

道路が工事中らしく、途中1方通行も何度か過ぎ

なんとかキャンプ場に到着した。

 

川の流れが聞こえる。

 

鳥の声も。

 

あ~癒される~

マイナスイオンや~(*ノωノ)

 

 

キャンプ場の管理人さんも良い方で

お部屋も見せてもらった。

 

結構広めのお部屋で、お風呂場もきれいだった。

 

3棟並んだ向こう側から、直接川岸にも降りられる。

便利だ。

 

テラスもあるので、ここでバーベキューをしよう。

 

調理器具や冷蔵庫の大きさも確認OK

 

 

コテージのすぐそばまで車でも来れるが

ちょっと道が悪い。

 

パパちゃんとも話して

フロント前の駐車場に停めて歩くのが

無難だね、と話した。

 

荷物を運ぶのが大変だが、仕方ない。

 

せっかくのキャンプに来て

ご機嫌が悪くなられても面倒だ。

 

水はとてもきれいで

上からきらっきらっとヤマメが見えた。

 

パパちゃんのテンションが上がっている(笑)

 

よしよし。

 

「バーベキューは、釣ったお魚だけでいこうか」

と話すと

「川はよほどじゃないと釣れんよ。肉は買おう」と

神妙な顔で言われた。

 

帰り道。

もう道は分かったので携帯のカーナビは消し

パパちゃんと話しながら運転していたが

ふと気づくと、どうも景色が違う。

 

さっきの工事中のところだ💦

曲がらなくてはいけないのに、まっすぐ来てしまった。

 

まあ、でも道の感じからいくと

繋がっていそうな気もしたので

そのままひき返さずに、どんどん進んでしまった。

 

だが道は一向に広くなる様子も

本線につながる様子もない。

 

だがパパちゃんと話すのに夢中だった私は

止まりもせず、「そのうち、開けるだろう」と

ひたすら前に向かっていた。

 

瞬間

 

いきなりラジオの電源が入り

大音量でノイズが流れた。

 

あまりの音の大きさにビックリして

思わず急ブレーキをかけた。

 

「なんでいきなりラジオつけるん⁉」と

パパちゃんの方を見たが

パパちゃんもキョトンとしている。

 

「おれは何も触ってないよ」

 

そもそもラジオに手をのばせば、私が気づくはずだ。

 

どういうこと???と思いながらふと前を見ると

ちょうど停まったとこから先は

いきなり道が狭くなり、

バックもできないくらいのあぜ道だった。

 

周りが草に覆われていて、良く見えていなかった。

 

停まったところの横に少し道があり、

Uターンできるギリギリの広さだった。

 

一気にぞっとした。

 

あのまま言ったら絶対に立ち往生だ。

 

パパちゃんが居るとは言っても

もし脱輪なんかしたら

まずレスキュー車が来れない。

 

しかもこんな山の中

 

誰もいない

 

アウトだ

 

 

なんとか向きを変え、急いできた道を引き返した。

 

しばらく走ると

やはり工事標識のところに出た。

 

ここまで来て、パパちゃんに

「怖かったよ~(´;ω;`)ウゥゥ」とべそをかいた。

 

まだドキドキしていた。

 

それからは問題なく走り

一般道まで降りてくることができた。

 

あまり物事に動じないパパちゃんは

平気なようで

「なーん、たまたまラジオが入っただけだよ」というが

入るか?たまたま

ラジオのスイッチが( ゚Д゚)

 

それに普段、パパちゃんはAMしか

私はFMしか聞かない。

なのであの時は、完全にラジオは消していた。

しかもあんなに音量を上げるなんてことは

私もパパちゃんもしない。

 

だがあのタイミングでラジオが入ったおかげで

私は助かった。

 

そう考えると、悪い事ではないのだよな。

 

でも・・・???

 

何とも言いようのない気持ちになったが

さすがにこの話は

キャンプから戻ってしばらくしてから

家族には話した。

 

だって行かないとか言い出したら、やだもん。

下見にまで行ったのに。

 

 

おかげでキャンプは、とっても楽しかった。

 

ヤマメは小さいのしか捕れなかったけどね。

 

 

でも時々思い出す。

あれはなんだったんだろう

 

 

でも私は

生きてる人

この世のものではないもの

妖怪、霊、怪物、精霊、やくざ、

総合して全部ひっくるめても

 

ダントツで今でも一番怖いのは

ママちゃんだ。

 

 

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母の郷へ行く~ありえない道案内~

私は方向音痴

長女はもっと方向音痴

 

この組み合わせは、ヤバい。

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追想

夏の終わりにちなみ

私が経験した不思議なお話をします。

 

数年前のこと。

 

20年以上前に他界した母の郷里とは、

もう長い間連絡をとっていなかった。

 

でもずっと気にはなっていた。

 

叔母さんも、叔父さんも

従兄たちも、みんな元気にしているのだろうか。

 

もう、連絡先もわからない。

 

ちょうど連休があったとき

思い切って訪ねてみよう、ということになった。

 

次女は子どものクラブチームの試合があり行けず

長女と私で行くことになった。

 

はっきり言ってかなり無謀だ。

 

なぜなら二人とも運転が苦手。

そして二人とも超ス―パ-方向音痴。

 

それなのに

「どうにかなるやろ」というノリ

 

どんだけポジティブなん(;'∀')

 

母の郷は、日本でも秘境に入る

有名な山間の集落。

 

私たちは、父が運転する車でしか

行ったことがナイ。

 

しかも最後に行ったのは、

確かおじいちゃんが亡くなった時。

ほぼほぼ30年前になる。

 

もう道もすっかり変わっているだろう。

 

なに、カーナビがあるさ☆と

姉と二人で意気揚々と出発した。

 

子どもの時は、まったく道路ができておらず

ほとんど山間のデコボコ道を

ひたすら行っていた記憶しかなかった。

 

店がない、とかいうレベルではなく。

民家がない。

灯もない。

 

車のライトを消すと

完全な「闇」だった。

 

ウサギが出たり

タヌキがでたり

 

子ども心にはワクワクしたのを覚えている。

 

そして夜は

砂か砂糖をぶちまけたくらいの星の数。

(もっと他に言いようがないんかい)

 

あんなにすごい星空を見たのは

後にも先にも、その時だけだ。

 

しかしさすがに30年の月日は

道路事情を一変させていた。

 

キレイな舗装された道路がずっと続いていた。

 

しかもかなり分かりやすい。

 

「これ、余裕だね」と姉と笑いながら進んだ。

 

山の麓までは。

 

さすがに峠に入ると一気に山道モードになり

道路自体は舗装されているものの

めちゃめちゃ狭くなってきた。

 

いや、これ離合できんくない???

 

この時は

長女が頑張り、ほとんど運転してくれた。

 

私は助手席でひたすら携帯カーナビで検索。

 

山道に入ってから

ずっと携帯ばかりみていた私は酔ってしまい

ものすごく気分が悪くなった。

 

そして運転に全集中している姉は

必死過ぎてもう鬼の形相。

 

「誰もくるなよ絶対くるなよお願いくるなよ」

と呪いの呪文のように

呟き続ける姉の願いもむなしく

前方に軽トラ発見。

 

終わったΣ(゚д゚lll)

 

すると地元の方は慣れているのか

私たちが県外ナンバーで、オロオロしてるのが分かったのか

もんのすごくバックして広いところで待っていてくれた。

 

 

何度も何度も頭を下げ、さらに進む。

 

私たちの記憶はおぼろげで、

しかも山の中なんて地図もアテにならない。

 

だが携帯カーナビは優秀だった。

 

見たことのある風景が出てきて

もう近くなのが段々と分かってきた。

 

やっと集落に到着。

 

でもここからが、またワカラナイ。

 

車酔いでもう口もきけなかったが

なんとかカーナビを頼りに

どうにかこうにか

母の生家にたどり着いた。

 

もう、涙。

 

ホッとしたのと疲れがどっと出てきた。

 

ハッ

パパちゃんが心配している

無事についたと連絡を入れねば。

 

電話をかけようとしたが

 

 

『圏外』

 

 

???

いやいやそんなハズは。

現にここまで携帯のカーナビできたんだし。

 

でも何度見ても『圏外』

 

意味が分からない。

 

私のはソフトバンク

 

姉のはドコモ。

 

姉の携帯は大丈夫なようだ。

 

取り合えず姉から連絡を入れる。

 

まだ頭の中に「?」が残ったまま

とりあえずおうちのほうへ向かった。

 

懐かしい、懐かしいおじいちゃんの家。

 

久々の(しかもアポなし)訪問にも関わらず

叔母さんも従兄も、喜んで出迎えてくれた。

 

お互いの近況を話しながら、

叔母さんに会えたのが本当に嬉しかった。

 

だが残念なことに、

叔父さんは、数年前に他界していた。

 

知らなかったとはいえ、申し訳なかった。

 

ご先祖様のお墓にもお参りして

その日は早々に下山した。

 

近道を、従兄が教えてくれた。

 

携帯の事を聞くと

「あ-、ここいらはドコモしか繋がんないよ」と

 

・・・・・・・。

 

帰り道も、姉が運転してくれた。

 

結局、かなりふもとまで下りないと

私の携帯は繋がらなかった。

 

 

叔母さんも、従兄も

パパちゃんの事をとても気がけてくれていた。

 

もうとうの昔に離婚して

だいぶ経つというのに。

 

「そんなこと、全然かまわん。

お父さん元気で良かったわ!

今度来るときは、絶対お父さんも連れてこいな」

 

嬉しかった。

 

後日、改めて今度は次女家族が

パパちゃんを連れて会いに行ってくれた。

 

 

動かないはずの私の携帯

 

見かねたママちゃんだろうか

 

自分の郷に行ってくれる

 

その嬉しさが

不思議な力をくれたのかもしれない

 

 

 

なんとかミッションを遂行できた嬉しさに

テンションが⤴⤴だった私と姉は

 

帰り道に使った高速で

見事に逆方向に乗ってしまい

2度と二人きりでは出かけまいと、心に誓った。

 

 

とにかく美味しい。

パパちゃんお気に入りの1品。

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山なのになぜかキャビアチョウザメ)が人気

胃がん~コロナがやってきた~

次から次へと

いろんな難問がふりかかる

 

次の対戦相手は

見えない敵

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-2020年 弥生-


年末からちらほら

コロナの話を聞いてはいた。

 

だがパパちゃんの心臓の手術の頃は

私たちの住む地域では、

まだ病院等も規制がなかった。

 

年末に手術が決定したものの

週に1回しか出来ない内容の術式らしく

順番待ちで1ヶ月延ばしになった。

 

今は医療機関も逼迫し、

緊急性のない手術は延期と聞く。

 

パパちゃんの心臓も

今ならおそらく

手術出来なかっただろう。

 

今も

不安な思いをたくさん抱えながら

手術を待っている患者さんと

ご家族がたくさんいらっしゃるだろう。

 

1日も早く

通常の日常に戻ってほしい。

 

幸いクリップ手術が出来たおかげで

それから息苦しさに悩むことも

夜眠れない事もなく

毎日を過ごすことが出来た。

 

とても有り難いことだった。

 

 

徐々に国内でもコロナが認識されだし

トイレットペーパーやマスクが店頭から消え

「え、これってヤバくない?」といった

雰囲気が周りからも出始めていた。

 

歯医者や眼科にも行っていたパパちゃん。

 

特に歯はキレイに手入れしていた。

虫歯もたまーにあるが、すぐに治療をする。

詰めものも少なく、歯磨きもしょっちゅう。

 

口腔内が悪いと、

年齢関係なく

病気になりやすいと聞いた事がある。

 

高齢になると

誤嚥性肺炎も起こしやすい。

 

歯磨きだけは

元々マメではあったが

特に気をつけるようにしていた。

 

これは元気でいるため

自分で食べる事が出来るためにも

大切なことだと思う。

 

コロナの影響もあったが

段々と外出の機会が減っていき

 

そしていつの間にか

車を運転することもなくなっていた。

 

できるだけ私たちが

送迎するようにはしていたが

以前は目を離すと

ちょろっと出ていくことも多かった。

 

あれほど

「危ないから」

「高齢者マークつけて」

と口うるさく言っても

「大丈夫、そこまで」と

言ってきかなったのに

 

「もう、さすがに自信ないな」と

ポツリと言う姿が

とても小さく見えた。

 

 

収納ケースとっても重宝♬

 

こんなカワイイステッカ―あるの知らんかった

 

こっそり長女の車につけてしまおう

胃がん~孫の卒業~

パパちゃんの腕の中に

抱かれていた赤ん坊が

少しづつ大人になっていく。

 

もう少し

もう少しだけ

みていて

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-2020年 如月-

心臓の方は順調で

夜も眠れるようになったパパちゃん。

 

『元気になったら釣りに行く』と

家の周りを歩いたりと

パパちゃんなりに頑張っていた。

 

でも

疲れがなかなか取れず

体力と体重は低下するばかり。

 

それでも家では相変わらず

ニコニコのパパちゃんで

ご飯も良く食べていた。

 

抗がん剤治療もイヤイヤだったが

通院の際に次女が迎えにきてくれること、

またお昼を食べに

あちこちに行くことを楽しみに、

なんとか続けていた。

 

 

そんな中、通信制高校に行っていた

長男も無事卒業式を迎えられた。

 

まだコロナ騒動の前だったため

卒業式にも参加ができた。

 

基本私服OKの学校のため、

卒業式はスーツ着用。

 

お正月に見立てたスーツ姿がまぶしい。

 

選ぶ際、今後の万が一を考えて

黒のスーツでセットアップした。

 

でも今日は晴れ姿。

明るめのシャツとネクタイで

髪型は次男がスタイリングしてくれた。

 

玄関先までパパちゃんも来て

家族写真を撮ってくれた。

 

パパちゃんも撮ろう、と言ったが

パジャマだからヤダといって

撮らせてくれなかった。

 

 

色々あった中学、高校時代。

不登校になり、苦しむ姿をパパちゃんも側で見てきた。

 

その長男の笑顔と晴れ姿に

「良かったな。本当にお前もがんばったよ」と

 

それだけでじゅうぶんだった。

 

 

長男が生まれるとき、パパちゃんも

立ち合い出産のメンバーの一人だった。

 

主人、義母、次女、パパちゃん

なんと全員が立ち合った。

 

主人はオロオロするばかり(まぁ、仕方ない)

義母からは『見苦しいから声を上げるな』

と言われ(ありえんやろ)

心配性の次女は泣くし(私が泣きたい)

パパちゃんはあまりに側に居ても・・・と

いう遠慮もあったのか

離-れた奥の壁から、星飛雄馬の姉明子のように

これまた心配そうに見ていた。

 

陣痛でもうろうとしながらも

「大丈夫、だいじょうぶなんで」

と周りに言いながらの、長男誕生。

 

めっちゃ気ぃ使った

 

今では良い思い出だけどね(笑)

 

長男はなぜかパパちゃんにそっくりで

「生まれました☆」の

写真付きはがきを見た親戚が

こぞって『おっちゃんや!!!』とウケていた。

 

度々、パパちゃんは様子を見に来てくれた。

 

パパちゃんはいつも穏やかで、変わらない。

 

相手が誰であっても。

 

なので

子どもと動物にやたら好かれる(n*´ω`*n)

 

長男も、次男も

パパちゃんに抱かれていると

大人しくてゴキゲン♬

 

たまに一緒に夕飯を食べて

パパちゃんに見てもらってる間に

ゆっくりお風呂に入らせてもらうこともあった。

 

おしゃべりな長男をみて

「お前にそっくりだ」と

いつも笑っていた。

 

公園や動物園に行ったり

コスモスを見に行ったり

大型ショッピングモールへ買い物に行ったり

子ども連れで大変な所は

いつもパパちゃんが一緒に来てくれた。

 

子ども達が保育園の時は

先生から頼まれて

七夕の笹も持ってきてくれた

 

年末は餅つきも

他の園児の分も一緒にしてくれた

 

運動会も

部活動の試合も見に来てくれた

 

これから

成人式も

結婚式も

見てほしい姿が

たくさん

たくさんあった

 

なぜあの時

スーツ姿の長男とパパちゃんのツーショットを

撮らなかったのだろうと

悔やまれてならない

 

 

だいぶ後になって届いた

長男の卒業文集には

彼なりのいろんな思いが

びっしりと詰まっていた。

 

「見せてあげれば、よかった。

そしたら、安心できたよね」

と残念そうに長男がつぶやいた。

 

だいじょうぶ

 

気持ちはきっと伝わっているよ

 

 

胃がん~スピード退院~

心臓もこれでOK

 

これで抗がん剤治療に

専念・・・するハズだった

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-2020年 如月-

無事【僧帽弁閉鎖不全症】の

クリップ手術を終えたパパちゃん。

 

眠っている間だったので

何が起きたのか分からない、と笑っていた。

 

そしてICUで出されたのは

《唐揚げ定食》

・・・手術当日に、いいの(;^ω^)?

 

でも女医さんもニコニコしながら

「良かったですね~!唐揚げですよ~」と

言っていたので、多分いいんだろう(笑)

 

パパちゃんも喜んで食べていた。

 

その後もとても順調で、

翌日には大部屋に移り

歩行訓練も開始👣

 

早っ

 

そして手術から3日後

スピード退院!

 

夜もゆっくり眠れたみたいで

パパちゃんカンゲキ( *´艸`)

 

ずっと苦しいの、きつかったね。

 

夜眠れるのは嬉しいね。

 

私も自分のベッドで

ゆっくり眠りました。

 

それからは

1か月後の心臓の経過観察を経て

女医さんより

「経過良好」のお墨付きを戴いた。

 

次は3か月後の経過診療ですね

ということで

4月22日に予約を入れたが

 

パパちゃんも

家族もみんな好きな女医先生とは

これが最後の診療となってしまった。