癌と共に~フーテンのパパちゃん~

大好きな父が癌になりました。クジラを見に行く日を夢見て。

在宅看護~義実家への説明~

正直、話したくなかった。

そっとしておいてほしい。

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-2020年 4月下旬-

父の病状のこと

私の退職の事

 

話した方がいいと、主人に言われた。

もちろん、すぐそばに住む義実家に、だ。

 

私は何も話したくなかった。

とにかく詮索好きで

いつから、どんなふうで、どうするのか

詳細を事細かに把握したがるからだ。

 

私が話したくないのは他にも理由がある。

 

パパちゃんを大切に思っていないからだ。

 

私は結婚するまでパパちゃんと2人暮らしだった。

いきなり1人になり、寂しかったと思う。

でも、家を空けることを義父母はとにかく嫌がった。

 

実家に帰ることも

友達と遊びに行くことも

段々とできなくなっていった。

 

子どもが生まれてからは

連れて帰る事もほぼできず

たまにパパちゃんが遊びに来てくれるのを

待つしかできなかった。

 

パパちゃんが来てくれて

話したいことも山ほどあり

孫ともゆっくり過ごしてほしいのに

そこへも割って入ってくるような人たちだった。

 

するとパパちゃんのほうが気を使い、

帰ってしまう。

私もとても寂しかった。

 

後年パパちゃんの心臓も悪くなり

ちょうど家を建て替えたこともあって

主人から一緒に住もうかと言ってもらった。

 

有難かった。

 

でも、それが義実家は気に入らなかった。

 

同居に関して、主人からも説明してもらったのだが

私から頭を下げてお願いに来いと言われ

土下座して父の同居をお願いする形になった。

 

帰ってから悔し涙が出た。

 

どうしてここまでしなくてはいけないのか。

どう考えても理解できなった。

 

それでも同居できるのは嬉しかった。

 

でも

同居したとたん

父への呼び方が

それまで「お父さん」だったのに

「じいさん」になった。

 

格下に位置付けられたのだ。

 

パパちゃんが同居を始めた日

やってきた義父は

パパちゃんの部屋に入り目の前で

押し入れ等を開けて見て回った。

 

唖然とした。

常識のなさに幻滅もし

父もひたすら我慢していた。

 

意味が分からない。

家は私たちのローンで組んだ。

実家からは一切融資も受けていない。

 

私の父であることは変わりないのに。

同じ親という対等な立場であるのに。

 

それなのに、父への態度が明らかに変わっていった。

 

 

最初はなんとか合わせようとしていた父も

疲れてしまい、必要時以外は特段話さないようになった。

 

パパちゃんがこれまで

心臓で幾度か入院、手術をしても

心配というより

自分たちの体裁で見舞いに来る、

そんな感じだった。

 

そんな人達に

パパちゃんの病気のことを知られたくなかった。

 

そっとしておいてほしい。

それだけが望みだった。