ずっとずっとずっと
がまんしてきた
自分のことならば、まだいい
でもこれだけは、譲れない
-お昼12時過ぎ-
先生から今晩、と危篤を告げられ
頭が真っ白になっていた私と長女
そして居座り続けていた義父母は
先生が話し出すと同時に
私たちの中に割り込んできて聞いていた。
一歩引いて静かに聞いている従兄とは真逆だ。
そして聞くだけ聞くと
「さ、お父さん帰ろ」と出ていく。
やっと帰ってくれる、と安堵したのもつかの間
「夜にまた来るからね!!!」
と玄関口で言われ、血の気が引いた。
はぁ⁉夜にまた来る?
冗談じゃない
これ以上は、ムリ
プッチーンと何かの糸が、切れた。
玄関口に行き、帰ろうとしている義父母に
「お気持ちはありがとうございます。
でも結構です」と静かに、言った。
義父は耳が遠いためあまり聞こえない。
義母の身体がピタ、と止まった。
「何言うね」
怒っている。
でも私は感情も何も出さずに
「いえ、本当に結構です」
と繰り返した。
「そんな訳にいかないでしょう!!!」
ヒステリックにわめく義母。
「本当に、結構です。」
1歩もひかず淡々と答える私に
怒り爆発の義母。
知ったこっちゃねぇ
私もブチギレていた。
父に対して同じ親という立場すらとらず
ひたすら自分より下に見続けた人達
言動も、行動も、すべてが
父の大事な工具を目の前で足蹴にし
「私の息子を1番大事にしろ!」と怒鳴り
父の部屋を、押し入れを勝手に開け
無視し続けた日々。
近所に唯一の釣り仲間ができても
割って入ってきて邪魔をする
まるで子供のような嫌がらせ
入院してる時も
「個室なんて贅沢」
「年金いくらもらってるの」
「入院代いくらかかってんの」
心無い言葉を吐き続け
「おい、じいさん」と呼ぶのを
ずっとずっとガマンしてきた
パパちゃんはどんなにきつかっただろう
どんなに悲しかっただろう
でもそれも
私のことを気にして
ひたすらガマンしてきてくれた
外からものぞかれるため
庭に面した窓も開けられず
静かに、静かに生きてきた
ごめんね
ごめんね
もっとのびのびと
庭を見たり外をみたり
お日様をあびて過ごしたかったよね
パパちゃんに対する優しさを
かけらも感じられなかった人たち
そんな人たちに
パパちゃんの最期に
立ち会ってもらう筋合いはない
あんな人たちが視界に入ったら
パパちゃんは安心できず
平穏ではいられない
あなたたちは必要ない
居るべき存在ではない
「お気持ちはありがとうございます。
でも子どもたちだけで、
静かにゆっくり過ごさせてください」
そう言って"一応"頭を下げた。
義母は怒りモードのまま、出ていった。
構うもんか
戦闘開始だ